大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和35年(ワ)108号 判決

原告 佐川亀治

被告 甲田義男

主文

一、被告は、原告に対し、別紙目録記載の建物について、千葉地方法務局市川出張所昭和三四年五月二五日受附第六一〇八号を以て原告の為めに為された所有権移転請求権保全の仮登記に基く所有権移転の本登記手続を為さなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、別紙目録記載の建物(以下、本件建物と云ふ)は、原告が、昭和三二年一月中、被告及び訴外滝沢桂太郎の両名の依頼によつて、その建築を請負ひ、同年四月中、之を完成して、右両名に引渡したもので、右両名の共有に属するものである。

但し、登記簿上は、被告の単独所有名義を以て、登記されて居るものである。

二、而して、右請負代金は、金三、六六一、三三〇円であつて、内金一、〇〇〇、〇〇〇円は着工の際に、内金一、〇〇〇、〇〇〇円は上棟の際に、残金は竣工の際に、夫々、その支払を為す約定であつたものであるところ、右両名は、合計金一、五〇〇、〇〇〇円の支払を為したのみで、残額金二、一六一、三三〇円の支払を為さず、又、その頃、原告が、右両名から請負つて、建築引渡した別棟の請負代金六九五、〇〇〇円の支払をも為さなかつたので、昭和三三年四月二八日に至り、原告は、被告及び右訴外滝沢桂太郎と合意の上、右二口の請負代金残額債権を、左記約定を以て、その各債権額をその各債権額とする二口の準消費貸借に改めた。(尚、この各債務については、訴外石井辰雄が、夫々、保証債務を負担することを約した)。

(1)  右各債務の借主は、孰れも、被告とし、訴外滝沢桂太郎は、その各連帯保証人となる。

(2)  利息は、孰れも、年一割の割合とする。

(3)  金二、一六一、三三〇円の債務は、毎月金一〇〇、〇〇〇円宛割賦弁済し、昭和三六年一二月二〇日迄に元利を完済する、但し、割賦金の支払を怠つたときは、割賦弁済の利益を失ひ、残額を一時に支払ふ。又、金六九五、〇〇〇円の債務は、昭和三八年一二月二〇日限り元利を完済する。

三、然るところ、被告等は、全然、その支払を為さなかつたので、昭和三四年五月二四日に至り、原告は、被告、訴外滝沢桂太郎及び訴外石井辰男と合意の上、右二口の債権の元本合計金二、八五六、三三〇円、之に対する約定の年一割の割合による一ケ年分の利息金二八五、六三三円、及び登記費用等を合算した額である金三、一四九、六〇〇円を元本債権額とし、借主、連帯保証人、保証人は、孰れも、従前の通り(前記準消費貸借におけると同一)とし、利息年一割、支払期限を昭和三四年六月二五日とする準消費貸借に改め、同時に、本件建物の所有者である被告及び右訴外滝沢桂太郎との間に於て、右債権を担保する為め、本件建物に一番抵当権を設定し、且、期限に弁済をしないときは、代物弁済として、右建物の所有権を原告に移転する旨の停止条件附代物弁済契約を締結し、之に基いて、翌二五日、右建物に対し、千葉地方法務局市川出張所昭和三四年五月二五日受付第六、一〇七号を以て一番抵当権設定の登記を、同日受付第六、一〇八号を以て所有権移転請求権保全の仮登記を、夫々、了した。

四、然るに、被告等は、右期限までにその履行を為さなかつたので、右約定によつて、原告は、右期限の経過とともに、本件建物の所有権を取得した。仮に、右担保契約が停止条件附代物弁済契約ではなく、代物弁済契約の予約であるとしても、被告等は、右の通り債務の弁済をしなかつたので、原告は、昭和三五年五月八日、被告に対し、前記債権に対する代物弁済として、本件建物の所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示を為したので、その所有権を取得して居る。

五、仍て、被告に対し、本件建物について、千葉地方法務局市川出張所昭和三四年五月二五日受付第六、一〇八号を以て為された所有権移転請求権保全の仮登記に基く所有権移転の本登記手続を為すべきことを命ずる判決を求める。

と述べ、

被告の本案前の抗弁並に本案の答弁に於ける被告主張の事実を争ひ、

立証として、

甲第一乃至第六号証を提出し、証人石井辰男、同佐川クニヱ、同田久保芳之助の各証言を援用した。

被告訴訟代理人は、

本案前の答弁として、

本件建物は、被告と訴外滝沢桂太郎との共有に属するものであるから、本訴請求は、この両名を共同被告として、その請求をすべきものであつて、被告単独では、当事者適格のないものである。従つて、被告のみを被告として為された本件訴は、不適法であるから、却下せられるべきものである。

と述べ、

本案の答弁として、

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

一、原告主張の請求原因第一項及び第二項の事実は之を認める。

二、同第三項及び第四項の事実中、本件建物の所有者である被告及び訴外滝沢桂太郎が本件建物について、一番抵当権を設定したこと、並にその設定の登記及び原告主張の仮登記が為されたことは認めるが、原告主張の第二回目の準消費貸借契約が成立したこと及び停止条件附代物弁済契約若くは代物弁済の予約の為されたことは、孰れも、之を否認する。被告等は、その様な契約を為したことのないものである。従つて、原告主張の請求権保全の仮登記は無効である。尚、右抵当権は、原告主張の債権を担保する為めに設定されたものではなく、従前の債務である金二、八五六、三三〇円の債務を担保する為めに設定されたものである。

三、仮に、原告主張の停止条件附代物弁済契約若くは代物弁済の予約が為されたとしても、弁済期が原告主張の通り定められたことは、之を争ふ。

仮に、弁済期が原告主張の通り定められたとしても、本件建物の当時の時価は金六、〇〇〇、〇〇〇円であるのに対し、債務は、原告の主張通りとしても、元本金三、一四九、六〇〇円、昭和三四年五月二六日から同年六月二五日まで年一割の利息金二六、一五〇円、合計金三、一七五、七五〇円であつたものであるから、その価格は、その債権額と著しく均衡を失するものであつて、原告は、被告の無経験と軽卒とに乗じて、その契約を締結し、而もその結果は、著しく被告等に損害を及ぼすものであるから、右契約は、孰れも、公序良俗に反し、無効である。従つて、原告は、本件建物の所有権は、之を取得して居ないものである。

と述べ、

立証として、

証人甲田和子、同滝沢桂太郎、同石井辰男、同田久保芳之助の各証言並に原被告の各本人尋問の結果を援用し、

甲第二乃至第四号証及び同第六号証はその成立を認める、同第一号証の成立は不知、同第五号証は、被告名下の印影が被告の印章のそれであることは認めるが、その成立は之を否認すると答へた。

理由

一、被告は、本案前の抗弁として、本件建物は、被告と訴外滝沢桂太郎との共有に属するものであるから、右両名を以て共同被告とすべきものであるところ、原告は、被告を単独の被告として、本件の訴を提起したものであるから、その訴は不適法な訴である旨を主張して居るのであるが、所有権移転登記手続の請求は、登記上の現在の所有名義人を被告として、その請求を為すべきものであるところ、本件建物の登記上の現在の所有名義人が被告であることは、当事者間に争のないところであるから、その登記上の現在の名義人である被告に対し、その所有権移転登記手続の請求を為して居る原告の本件訴は、適法な訴であると云はなければならない。故に、被告の右本案前の抗弁は、理由がないから、之を排斥する。

二、原告主張の請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争のないところである。

三、而して、その後、昭和三四年五月二四日に至り、原被告及び訴外滝沢桂太郎並に訴外石井辰男間に於て、原告主張の約定(請求原因第三項の約定)が為され、同時に、本件建物の所有者(共同所有権者)である被告及び訴外滝沢桂太郎の両名が、原告に対し、右約定に於て成立した原告主張の債権を担保する為め、本件建物に一番抵当権を設定する旨、並に右債務を右約定に於て定められたその弁済期である昭和三四年六月二五日までに弁済しないときは、その弁済に代え、本件建物の所有権を原告に移転する旨を約したこと、及びこの約定に基いて、翌二五日、右抵当権設定の登記並に停止条件附代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全の仮登記が為されたことは、証人石井辰男、同佐川クニヱ、同田久保芳之助、同甲田和子、(但し、後記措信し難い部分を除く)同滝沢桂太郎(同上)の各証言並に原告本人の供述と成立に争のない甲第四号証と甲第五、六号証の存在並にその記載自体とを綜合して、之を認定することが出来る。

証人甲田和子、同滝沢桂太郎の各証言並に被告本人の供述中、右認定に抵触する部分は、前顕証拠に照し、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はない。

四、而して、被告等が、右債務の履行を為さずして、(尤も、証拠調の結果によると、若干の支払の為されて居ることが認められるのであるが、その額は、僅少であつて、利息にも満たなかつたものである)、約定の弁済期限を徒過したことは、弁論の全趣旨と証拠調の結果とによつて、明白なところであるから、之によつて、前記代物弁済契約に於ける条件は成就し、従つて、本件建物の所有権は、右契約によつて、原告に移転したものであると云はざるを得ないものである。

五、被告は、その主張の理由によつて、右代物弁済契約は、公序良俗に違反し、無効であり、従つて、之によつては、その所有権は移転しない旨を主張して居るのであるが、その主張の事実を認め得るに足りる証拠はないのであるから、右代物弁済契約が公序良俗に違反するものであることは、之を認めるに由ないところであり、従つて、それが公序良俗に違反することを前提として為された被告の右主張は理由がないから、之を排斥する。

六、而して、右所有権が原告に移転した以上、原告は、その前所有権者(共同所有権者)である被告及び前記訴外滝沢桂太郎に対し、所有権移転の登記手続を為すべきことを求め得ること勿論であるところ、本件建物が被告の単独所有名義を以て登記されて居ることは、当事者間に争のないところであるから、その登記は、実体上の権利関係に符合しないものであることが明白であるが、実体関係に於て、その所有権が原告に移転した以上、原告は、その登記を、実体上の権利関係に符合せしめ得ること勿論であるところ、現在の登記が被告を名義人として為されて居る以上、之を実体上の権利関係に符合せしめる為めには、その登記が過去に於ける権利関係と符合しないものであるとは云へ、その名義人に対し、所有権移転登記手続を求めることが最も簡明直截であつて、而も斯くすることが、やがて、登記を真実の権利関係と一致させる結果となるものであるから、登記法も亦之を是認するところであると云ふべく、従つて、登記上の単独名義人である被告に対し、前記仮登記に基いて、所有権移転の本登記を請求することは適法であると云はなければならないものであり、又、仮登記は、本登記を為す為めの手段的な登記であるから、本登記請求の関係が適法である以上、その基本登記である前記被告名義の保存登記に前記瑕疵があつても、無効とはならないものであると解せられるから、被告に対し、右仮登記に基いて、所有権移転の本登記を為すべきことを命ずる判決を求める原告の本訴請求は、正当である。

七、仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

目録

市川市北方町二丁目一〇二番

家屋番号同所甲第一二二番の一〇

一、木造瓦葺二階建診療所兼病室

建坪 七八坪二合五勺

外二階 六〇坪

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例